- 歌の意味
- もし来世でもこのような月を見ることができるのならば、命を惜しむ人はいないだろうに。
- 鑑賞
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雑歌 1040
詞書は前の歌に続き「題しらず」
もし来世でもこのような美しい月を見ることができるのならば、命を惜しむ人などいないだろう、と詠む。人が命を惜しむのは、この世の美しい月を見られなくなることを惜しむからだという、月を愛した西行らしい発想である。
初句「来ん世にも」は、来世においても、の意である。
二句「かかる月をし」の「かかる」は、このような、の意で、「し」は強めの副助詞である。
三句「見るべくは」は、見ることができるならば、の意である。
四句「命を惜しむ」は、命を惜しむ、の意である。
結句「人なからまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、人はいないだろうに、と結ぶ。
こんよ:来世
- 作者
- 西行
- 出典
- 山家集
- 前の歌
- 我なれや風を煩ふ篠竹は おきふしものの心細くて
- 次の歌
- この世にて眺められねる月なれば 迷はん闇も照らさざらめや