秋風のことに身にしむ今宵かな
月さへ澄める庭のけしきに
- 歌の意味
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秋風がとりわけ、琴の音とともに身にしみる今夜であることよ。月までが澄んで映っている庭の様子のために。
- 鑑賞
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雑歌 1042
詞書「八月、月の頃、夜更けて北白河へまかりけり、由あるやうなる家の侍りけるに、琴の音のしければ、立ち止まりて聞きけり、折あはれに秋風楽と申す楽なりけり、庭を見入れければ、浅茅の露に月の宿れるけしきあはれなり、添ひたる荻の風身にしむらんと覚えて、申し入れて通りける」
八月の月の夜更けに北白河を通りかかった西行が、由緒ありげな家から聞こえる琴の音に足を止め、浅茅の露に月の宿る庭を見て詠んだ一首である。秋風が琴の調べとともにことさら身にしみ、月までも澄んで宿る庭のありさまに心を奪われたことを、家の人に申し入れて立ち去ったという、風雅な一夜の出会いが詞書から読み取れる。
琴の曲が「秋風楽」であったことが、初句の「秋風」と二句の「ことに」に生かされており、聞いた音楽と吹く風と庭の月とを一首にまとめた構成である。巻第七の巻頭に置かれた歌であり、前巻の巻末である巻第六の第千四十一首が来世の闇を照らす月を詠んだのに続き、本巻はこの世の庭に澄む月から始まっている。
初句「秋風の」は、実際に吹く秋風であるとともに、詞書の琴の曲名「秋風楽」を響かせている。
二句「ことに身にしむ」の「ことに」は、「殊に」と「琴に」を掛けた掛詞で、とりわけ身にしみる意と、琴の音に乗って身にしむ意とを重ねている。
三句「今宵かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、三句切れとなる。
四句「月さへ澄める」の「さへ」は添加の副助詞で、琴の音や秋風に加えて月までも、の意を表す。
結句「庭のけしきに」は、浅茅の露に月の宿る庭の様子によって、の意で、倒置によって身にしむ理由を後から示している。
ことに:「殊に」と「琴に」を掛ける
しむ:深く染み通る、身にこたえる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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この世にて眺められねる月なれば 迷はん闇も照らさざらめや
- 次の歌
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すむ人の心くまるる泉かな 昔をいかに思ひ出づらん