大原やまだ炭竈もならはずと
言ひけん人を今あらせばや
- 歌の意味
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大原ではまだ炭焼きの竈にも慣れていないと詠んだという人を、今ここにいさせたいものだ。
- 鑑賞
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雑歌 1047
詞書「大原に良暹が住みける所に、人々まかりて、述懐歌よみて、妻戸に書き付けける」
かつて良暹法師が住んだ大原の庵跡を人々と訪ね、述懐の歌を詠んで妻戸に書き付けたときの一首である。良暹が大原に住みはじめたころ、まだ炭竈にも慣れないと詠んだことを踏まえ、その人を今この場によみがえらせて、ともに語り合いたいものだ、と先人を慕っている。
良暹の「大原やまだ炭竈もならはねば」と詠み出す歌を本歌としており、初句と二句の言葉をそのまま取り入れて、遁世の先達への敬慕を表している。大原は西行の友寂然が住んだ地でもあり、本巻には大原をめぐる歌が多く収められている。
初句「大原や」の「や」は詠嘆の間投助詞で、地名を強く打ち出している。良暹の歌の初句をそのまま用いた本歌取りである。
二句「まだ炭竈も」は、まだ炭を焼く竈にも、の意で、これも本歌の句を取っている。
三句「ならはずと」は、慣れていないと、の意で、本歌の内容を引いている。
四句「言ひけん人を」の「けん」は過去の伝聞の助動詞で、そう詠んだという人、すなわち良暹を指す。
結句「今あらせばや」の「ばや」は願望の終助詞で、その人を今ここにいさせたい、と結んでいる。
すみがま:炭を焼く竈
ならふ:慣れる、習慣とする
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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君去なば月待つとても眺めやらん 東の方の夕暮の空
- 次の歌
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今だにもかかりと言ひし滝つ瀬の その折までは昔なりけん