今だにもかかりと言ひし滝つ瀬の
その折までは昔なりけん
- 歌の意味
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今でさえこのようであると詠まれた滝の流れの、その頃まではまだ昔の姿のままであったのだろう。
- 鑑賞
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雑歌 1048
詞書「大覚寺の滝殿の石ども、閑院に移されて、跡もなくなりたりと聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が、今だにかかり、とよみけん思ひ出でられて、あはれに覚えければ」
嵯峨の大覚寺にあった滝殿の石が閑院に移され、跡形もなくなったと聞いて見に行ったときの一首である。かつて赤染衛門が、荒れながらも今でさえこのように趣がある、と詠んだ滝の流れも、その当時まではまだ昔の面影を残していたのだろう、と、さらに失われた現在を嘆いている。
大覚寺の滝殿は嵯峨天皇の離宮の名残で、赤染衛門や藤原公任が滝の荒廃を詠んだことで知られる名所である。先人の歌に詠まれた荒廃よりも、さらに時が進んで石さえなくなった姿に、西行は時の移ろいの重さを見ている。
初句「今だにも」は、今でさえも、の意で、赤染衛門の歌の言葉を引いている。
二句「かかりと言ひし」は、このようであると詠んだ、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
三句「滝つ瀬の」は、滝の流れの、の意で、大覚寺の滝殿の流れを指す。
四句「その折までは」は、赤染衛門が詠んだその時までは、の意である。
結句「昔なりけん」の「けん」は過去推量の助動詞で、その頃まではまだ昔のままだったのだろう、と推し量っている。
たきつせ:滝の流れ、急流
かかり:このようである
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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大原やまだ炭竈もならはずと 言ひけん人を今あらせばや
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まぎれつる窓の嵐の声とめて 更くるを告ぐる水の音かな