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隔て来しその年月もあるものを
名残多かる峰の秋霧

歌の意味
離れて過ごしてきたあの年月もあったというのに、この短い別れにこれほど名残の多い、峰にかかる秋霧であることよ。
鑑賞
雑歌 1055

詞書「寂然、高野に参りて、立ち帰りて、大原より遣はしける」
 寂然が高野山に西行を訪ね、大原へ帰ったのちに送ってきた歌である。これまで長い年月、遠く離れて暮らしてきたのに、今度のわずかな別れにはこれほど名残が尽きない、と、高野の峰にかかる秋霧に寄せて友との別れを惜しんでいる。
 長い隔たりと短い別れとを対比し、久しぶりの再会がかえって別れをつらくしたことを表している。峰の秋霧は、二人を隔てるものであると同時に、立ち去りがたい名残の象徴ともなっている。寂然は大原に住んだ西行の親友で、本巻には二人の贈答が多く収められている。

 初句「隔て来し」は、離れて過ごしてきた、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
 二句「その年月も」は、これまでの長い年月も、の意である。
 三句「あるものを」の「ものを」は逆接の接続助詞で、あったのに、の意を表す。
 四句「名残多かる」は、別れたあとの余情が多く残る、の意である。
 結句「峰の秋霧」は体言止めで、高野の峰に立ちこめる秋霧に名残の情を託している。秋霧は「立つ」ものとして、次の返歌の「立ち帰り」を導く。

なごり:別れたあとに残る余情
作者
寂然
出典
山家集
前の歌
住吉の松が根洗ふ波の音を 梢にかくる沖つ潮風
次の歌
慕はれし名残をこそは眺めつれ たちかへりにし峰の秋霧