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年ははや月並かけて越えにけり
むべ摘みはべし柴の若立ち

歌の意味
年はもう月の順を追って越えてしまったのだなあ。なるほど摘んでいるはずだ、柴の若芽を。
鑑賞
雑歌 1061

詞書「野に人のあまた侍りけるを、何する人にかと問ひければ、菜摘む者なりと答へければ、年のうちに立ちかはる春のしるしの若菜か、さはと思ひてよめる」
 野に大勢の人がいたので何をしているのかと尋ねると、菜を摘んでいるのだと答えたので、年内に立ち替わった春のしるしの若菜を摘んでいるのか、なるほどと思って詠んだ一首である。年はもう月を重ねて春へと越えてしまったのだ、それで人々は柴の若芽を摘んでいるのだな、と納得している。
 年内立春の主題を、野で若菜を摘む人々の姿によって確かめた歌であり、前の二首が霞や水音や雨によって春を感じ取ろうとしたのに続き、人の営みの中に春のしるしを見出している。

 初句「年ははや」は、年はもう、の意である。
 二句「月並かけて」は、月の順を次々に追って、の意で、月日の移りを表す。
 三句「越えにけり」の「にけり」は完了と詠嘆で、年を越えて春になってしまったのだなあ、と気づきを表し、三句切れとなる。
 四句「むべ摘みはべし」の「むべ」は、なるほど、もっともだ、の意で、春のしるしを摘むのも当然だ、と納得する心を表す。「摘みはべし」は語義がとりにくいが、摘むはずである、の意に解される。
 結句「柴の若立ち」は、柴の若く伸びた芽で、体言止めとなっている。詞書の「若菜」を、山野の柴の若芽として詠んでいる。

むべ:なるほど、もっともなことに
わかだち:木の切り株などから若く伸び出た芽や枝
作者
西行
出典
山家集
前の歌
春としもなほ思はれぬ心かな 雨ふる年の心地のみして
次の歌
なにとなく雪になりぬと聞く日より 心にかかるみ吉野の山