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汲みてなど心通はば訪はざらん
出でたるものをきくの下水

歌の意味
心が通っているならば、どうして汲み取って訪ねてくれないのだろう。山を出てきたというのに、菊の下を流れる水よ、それを聞いてはいないのか。
鑑賞
雑歌 1079

詞書「高野より出でたりけるに、かくくゑん阿闍梨聞かぬさまなりければ、菊を遣はすとて」
 高野山から都へ出てきたのに、かくくゑん阿闍梨がそれを聞き知らない様子であったので、菊を贈るのに添えた一首である。心が通っているのなら、どうして察して訪ねてくれないのか、私は山を出てきているのに、と、菊の下水に寄せて相手の無沙汰を軽く恨んでいる。
 「きく」に菊と聞くを掛け、菊を贈る行為そのものを、聞いていないのかという問いかけにしている。菊の下を流れる水は長寿の霊水とされ、その水を「汲む」ことと心を「汲む」こととを重ねた機知の歌である。

 初句「汲みてなど」の「汲む」は、水を汲む意と、心を汲み取る意を重ね、「など」は疑問の副詞で、どうして、の意を表す。
 二句「心通はば」は、心が通っているならば、の意で、未然形に「ば」が付いた仮定条件である。
 三句「訪はざらん」は「など」と呼応し、どうして訪ねないのだろう、の意を表す。
 四句「出でたるものを」の「ものを」は逆接で、山から出てきているのに、の意である。「出づ」は水が湧き出る意も響かせている。
 結句「きくの下水」の「きく」は、「菊」と「聞く」を掛けた掛詞で、菊の下を流れる水と、聞いているのかという問いかけを重ねている。

きく:「菊」と「聞く」を掛ける
したみづ:物の下を流れる水
作者
西行
出典
山家集
前の歌
葛城や正木の色は秋に似て よその梢は緑なるかな
次の歌
谷深くすむかと思ひて訪はぬ間に 恨みをむすぶ菊の下水