昔見し野中の清水変はらねば
我が影をもや思ひ出づらん
- 歌の意味
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昔見た野中の清水が今も変わらずにあるので、清水も昔そこに映った私の姿を思い出してくれているだろうか。
- 鑑賞
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雑歌 1096
詞書「播磨の書写へ参るとて、野中の清水を見ける事、一昔になりにけり、年経てのち、修行すとて通りけるに、同じさまにて変はらざりければ」
播磨の書写山へ参詣する途中で野中の清水を見たのは、ひと昔も前のことであった。年を経て修行の旅で再び通りかかると、清水が昔と同じ姿で変わらずにあったので詠んだ一首である。昔見た野中の清水が変わらずにあるのだから、清水の方でも、かつて水面に映った私の姿を思い出してくれているだろうか、と詠む。
野中の清水は、古今和歌集の「いにしへの野中の清水ぬるけれど」の歌で知られる播磨の歌枕である。変わらない清水と、年老いて変わった自分とを対比し、清水を擬人化して昔を懐かしんでいる。
初句「昔見し」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、ひと昔前に見た、の意である。
二句「野中の清水」は、播磨国印南野にあったとされる名高い清水で、歌枕である。
三句「変はらねば」は、変わらないので、の意で、已然形に「ば」が付いた確定条件である。
四句「我が影をもや」の「影」は水に映った姿、「や」は疑問の係助詞で、結句の連体形「らん」で結ぶ係り結びとなる。
結句「思ひ出づらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、清水が思い出しているだろうか、と擬人化している。
のなかのしみづ:播磨国にあったという清水。歌枕
かげ:水に映る姿
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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かしこまる四手に涙のかかるかな 又いつかはと思ふあはれに
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帰りゆく人の心を思ふにも 離れがたきは都なりけり