山城の美豆の御草につながれて
駒もの憂げに見ゆる旅かな
- 歌の意味
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山城の美豆の牧の草に心をつながれて、馬までも気が進まない様子に見える旅であることよ。
- 鑑賞
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雑歌 1103
詞書「西の国の方へ修行してまかり侍りけるに、美豆と申す所に具し習ひたる同行の侍りけるが、親しき者の例ならぬ事侍るとて、具せざりければ」
西国へ修行に出かけるとき、いつも一緒に旅をしていた同行の僧が、美豆という所で、身内に病人が出たといって同行しなかったので詠んだ一首である。山城の美豆の草につながれた馬のように、同行の心も美豆に引き留められ、馬までもが気が進まない様子に見える旅だ、と詠む。
美豆は山城国の淀川沿いの地で、朝廷の牧があったことから、「御草」「駒」とともに詠まれる歌枕である。同行が来られない寂しさを、馬の様子に託して表している。
初句「山城の」は、山城国の、の意である。
二句「美豆の御草に」の「美豆」は山城国の地名で、牧のあった所として知られ、「御草」は牧の草である。
三句「つながれて」は、つなぎ留められて、の意で、同行が身内の病に引き留められたことを重ねている。
四句「駒もの憂げに」は、馬までも気が進まない様子に、の意で、「駒」と「つながる」は縁語である。
結句「見ゆる旅かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、寂しい旅立ちへの感慨で結ぶ。
みくさ:草の美称。ここでは牧の草
ものうげなり:気が進まない様子だ
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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わたの原波にも月は隠れけり 都の山を何厭ひけん
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深き山に澄みける月を見ざりせば 思ひ出もなき我が身ならまし