峰の上も同じ月こそ照らすらめ
所がらなるあはれなるべし
- 歌の意味
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ほかの峰の上も同じ月が照らしているのだろうが、この深い哀れは、この場所ならではのものであるにちがいない。
- 鑑賞
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雑歌 1105
詞書は前の歌に続き「大峰の深仙と申す所にて、月を見てよみける」
どの峰の上も同じ月が照らしているのだろうが、ここで感じるこの深い哀れは、この深仙という場所ならではのものなのだろう、と詠む。
前歌で深山の月を生涯の思い出とした理由を、月そのものではなく場所の力に求めている。同じ月でも見る場所によって感動が異なるという認識は、修行の霊場で見る月の特別さを強調している。
初句「峰の上も」は、ほかの峰の上も、の意である。
二句「同じ月こそ」の「こそ」は強意の係助詞で、三句の已然形「らめ」で結ぶ係り結びとなり、逆接で下の句に続く。
三句「照らすらめ」は「こそ」の結びとして已然形で、照らしているだろうが、の意を表す。
四句「所がらなる」は、場所柄による、その場所のゆえの、の意である。
結句「あはれなるべし」の「べし」は推量の助動詞で、哀れであるにちがいない、と結ぶ。
ところがら:場所柄、その場所の性質によること
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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深き山に澄みける月を見ざりせば 思ひ出もなき我が身ならまし
- 次の歌
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月澄めば谷にぞ雲は沈むめる 峰吹き払ふ風に敷かれて