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姨捨は信濃ならねどいづくにも
月澄む峰の名にこそありけれ

歌の意味
姨捨というのは信濃国でなくても、どこであっても、月の澄む峰の名であったのだなあ。
鑑賞
雑歌 1107

詞書「姨捨の峰と申す所の見渡されて、思ひなしにや、月殊に見えければ」
 大峰の中に姨捨の峰という所があって、そこが見渡され、そう思うせいか月がことさら美しく見えたので詠んだ一首である。姨捨とは信濃国の山に限らず、どこであっても月の澄む峰の名であったのだ、と詠む。
 信濃の姨捨山は、古今和歌集の「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」の歌以来、月の名所として知られる歌枕である。大峰にある同名の峰でも月が格別に見えたことに、姨捨という名そのものが月の澄む峰を意味するのだと興じている。

 初句「姨捨は」は、姨捨という名は、の意で、名所の名を取り立てている。
 二句「信濃ならねど」の「ど」は逆接で、信濃国でなくても、の意である。
 三句「いづくにも」は、どこであっても、の意である。
 四句「月澄む峰の」は、月が澄んで見える峰の、の意である。
 結句「名にこそありけれ」の「こそ」は強意の係助詞で、已然形「けれ」で結ぶ係り結びとなり、「けり」は気づきの詠嘆である。

をばすて:信濃国の姨捨山。月の名所の歌枕
おもひなし:そう思うせいでそう見えること
作者
西行
出典
山家集
前の歌
月澄めば谷にぞ雲は沈むめる 峰吹き払ふ風に敷かれて
次の歌
いかにして梢の隙もを求め得て 小池に今宵月の澄むらん