神無月時雨晴るれば東屋の
峰にぞ月はむねと澄みける
- 歌の意味
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十月、時雨が晴れたので、東屋の峰にこそ、月はとりわけ澄みわたっていたことだ。
- 鑑賞
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雑歌 1111
詞書「東屋と申す所にて、時雨ののち月を見て」
大峰の東屋という所で、時雨の後に月を見て詠んだ一首である。十月の時雨が晴れ上がると、東屋の峰にこそ月はとりわけ澄みわたっていた、と詠む。
地名の「東屋」を建物の東屋に見立て、その「棟」と、主としての意の「むねと」とを掛けた機知の歌である。時雨の後の澄んだ月の清らかさが、峰の上に際立っている。次歌と同じ詞書のもとで一組をなす。
初句「神無月」は陰暦十月の異称で、時雨の季節を示す。
二句「時雨晴るれば」は、時雨が晴れたので、の意で、已然形に「ば」が付いた確定条件である。
三句「東屋の」は大峰の地名で、四阿造りの建物の意を響かせ、「むね」と縁語をなしている。
四句「峰にぞ月は」の「ぞ」は強意の係助詞で、結句の連体形「ける」で結ぶ係り結びとなる。
結句「むねと澄みける」の「むね」は、建物の「棟」と、主として、とりわけの意の「宗と」を掛けた掛詞である。
むね:建物の「棟」と、主としての意の「宗と」を掛ける
しぐれ:晩秋から初冬に降ったりやんだりする雨
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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梢漏る月もあはれを思ふべし 光に具して露のこぼるる
- 次の歌
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神無月谷にぞ雲は時雨るめる 月澄む峰は秋に変はらで