神無月谷にぞ雲は時雨るめる
月澄む峰は秋に変はらで
- 歌の意味
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十月、谷の方でこそ雲は時雨を降らせているようだ。月の澄む峰の上は、秋と変わることなく。
- 鑑賞
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雑歌 1112
詞書は前の歌に続き「東屋と申す所にて、時雨ののち月を見て」
十月、谷の方では雲がまだ時雨を降らせているようだが、月の澄む峰の上は、秋のころと変わらず晴れわたっている、と詠む。
前歌と同じく東屋での時雨後の月を詠み、峰の月と谷の時雨という上下の対比を描いている。本巻の第千百六首で、月の澄む峰と雲の沈む谷とを対比したのと同じ構図であり、大峰の高所に立つ修行者ならではの視点である。初冬でありながら峰の上には秋の月が残っている、という季節の対比も含んでいる。
初句「神無月」は陰暦十月の異称で、前歌と同じ初句を用いて一組をなしている。
二句「谷にぞ雲は」の「ぞ」は強意の係助詞で、三句の連体形「める」で結ぶ係り結びとなる。
三句「時雨るめる」の「める」は推定の助動詞「めり」の連体形で、時雨を降らせているようだ、の意を表し、三句切れとなる。
四句「月澄む峰は」は、月が澄む峰の上は、の意で、谷と対比されている。
結句「秋に変はらで」の「で」は打消の接続助詞で、秋と変わらずに、の意を表し、言いさしの形で余情を残している。
しぐる:時雨が降る
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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神無月時雨晴るれば東屋の 峰にぞ月はむねと澄みける
- 次の歌
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神無月時雨ふるやにすむ月は 曇らぬ影も頼まれぬかな