あはれとて花見し峰に名をとめて
紅葉ぞ今日は共にふりける
- 歌の意味
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あわれと思って花を見たこの峰に名を残して、今日はその卒都婆に紅葉が降りかかり、ともに古びていることだ。
- 鑑賞
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雑歌 1114
詞書「平等院の名書かれたる卒都婆に、紅葉の散りかかりけるを見て、花より外の、とありける、人昔とあはれに覚えてよめる」
大峰で、平等院大僧正行尊の名が書かれた卒都婆に紅葉が散りかかるのを見て、行尊が「花よりほかの」と詠んだのも、もうひと昔前のことかと哀れに感じて詠んだ一首である。行尊があわれと思って花を見たこの峰に名をとどめ、今日は紅葉が卒都婆に降りかかって、ともに古びていることだ、と詠む。
行尊が大峰で詠んだ「もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし」(金葉和歌集)を踏まえ、その「あはれ」「花」「もろとも」の語を受けている。行尊の詠んだ春の花に対し、西行は秋の紅葉を見ており、季節を隔てて先達の修行者と心を通わせている。
初句「あはれとて」は、行尊が「あはれと思へ」と詠んだことを受け、あわれと思って、の意である。
二句「花見し峰に」は、行尊が山桜を見たこの峰に、の意で、本歌の「花」を受けている。
三句「名をとめて」は、卒都婆に名を書き残して、の意である。
四句「紅葉ぞ今日は」の「ぞ」は強意の係助詞で、結句の連体形「ける」で結ぶ係り結びとなる。花に対して紅葉を置き、春と秋とを対比している。
結句「共にふりける」の「ふり」は、紅葉が「降る」意と、卒都婆とともに「古る」意を掛けた掛詞で、本歌の「もろともに」を受けている。
そとば:供養のために立てる板や塔、卒都婆
ふる:紅葉が「降る」意と、時を経て「古る」意を掛ける
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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神無月時雨ふるやにすむ月は 曇らぬ影も頼まれぬかな
- 次の歌
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分けて行く色のみならず梢さへ 千種の岳は心染みけり