こここそは法説かれける所よと
聞く悟りをも得つる今日かな
- 歌の意味
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ここがまさに仏法が説かれた所なのだと聞いて、その教えを聞く悟りをも得た今日であることよ。
- 鑑賞
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雑歌 1119
詞書「転法輪の岳と申す所にて、釈迦の説法の座の石と申す所を拝みて」
大峰の転法輪の岳という所で、釈迦が説法した座であるという石を拝んで詠んだ一首である。ここがまさに仏法が説かれた所なのだと聞き、その教えを聞いて悟りを得たような心地がする今日であることよ、と詠む。
「転法輪」は仏が教えを説くことを意味し、大峰の山中をインドの霊鷲山などに見立てる修験道の信仰が背景にある。その場に身を置いて法を聞く思いをしたという、霊場での感激が素直に表されている。
初句「こここそは」の「こそ」は強意の係助詞で、ここがまさに、の意である。
二句「法説かれける」は、仏法が説かれた、の意で、「れ」は受身の助動詞である。
三句「所よと」は、所であるよと、の意で、そう聞いたことを示す。
四句「聞く悟りをも」は、教えを聞いて得る悟りをも、の意で、仏の教えを聞いて悟る声聞の悟りを響かせている。
結句「得つる今日かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、悟りを得た今日への感慨で結ぶ。
てんぼふりん:仏が教えを説くこと
のり:仏法、仏の教え
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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身に積もる言葉の罪もあらはれて 心澄みぬる三重の滝
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よしさらば幾重ともなく山越えて やがても人に隔てられなん