踏まま憂き紅葉の錦散り敷きて
人も通はぬ思はくの橋
- 歌の意味
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踏むのがためらわれる紅葉の錦が一面に散り敷いて、人も通わない思わくの橋であることよ。
- 鑑賞
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雑歌 1129
詞書「古りたる棚橋を紅葉の埋みたりける、渡りにくくてやすらはれて、人に尋ねければ、思はくの橋と申すはこれなり、と申しけるを聞きて」と記され、「信夫の里より奥へ二日ばかり入りてある橋なり」と注記がある。
古びた棚橋が紅葉に埋もれていて、渡りにくくてためらっていると、これが思わくの橋だと教えられて詠んだ一首である。踏むのが惜しいほどの紅葉の錦が一面に散り敷いて、人も通わない思わくの橋だ、と詠む。
思わくの橋は陸奥の歌枕で、「思はく」に、人の思いの意を響かせて恋の歌にも詠まれた。紅葉の錦を踏むのを惜しむ心と、人の通わない寂しい橋の風情とを重ね、奥州の秋の深さを描いている。
初句「踏まま憂き」は、踏むのがためらわれる、踏むのが惜しい、の意である。
二句「紅葉の錦」は、色とりどりの紅葉を錦の織物に見立てた表現である。
三句「散り敷きて」は、一面に散り敷いて、の意である。
四句「人も通はぬ」は、人も行き来しない、の意で、紅葉が踏まれずに残っている理由ともなっている。
結句「思はくの橋」は陸奥の歌枕で、体言止めで寂しい橋の風情を残している。
ふままうし:踏むのが気が進まない
たなはし:板を棚のように渡しただけの簡素な橋
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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枯れにける松なき跡の武隈は みきと言ひてもかひなかるべし
- 次の歌
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名取川岸の紅葉の映る影は 同じ錦を底にさへ敷く