昔見し松は老い木になりにけり
我が年経たるほども知られて
- 歌の意味
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昔見た松は老木になってしまった。自分が年を重ねてきたほどもおのずと知られて。
- 鑑賞
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雑歌 1145
詞書「西国へ修行してまかりける折、児島と申す所に、八幡の斎はれ給ひたりけるに、籠もりたりけり、年経て又その社を見けるに、松どもの古きになりたりけるを見て」
かつて西国へ修行に出かけたとき、備前の児島という所に祀られた八幡社に籠もったことがあった。年を経て再びその社を訪れると、松が古木になっていたのを見て詠んだ一首である。昔見た松は老木になってしまった、自分が年を重ねたほども、それによって知られることだ、と詠む。
松の老いに自らの老いを重ね、長い歳月の経過を実感している。本巻の第千九十六首で、変わらない野中の清水に昔の自分を思ったのに対し、ここでは変わった松に自分の老いを見ている。
初句「昔見し」は、昔見た、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
二句「松は老い木に」は、松は年老いた木に、の意である。
三句「なりにけり」の「にけり」は完了と詠嘆で、なってしまったことだ、と三句切れとなる。
四句「我が年経たる」は、自分が年を重ねた、の意である。
結句「ほども知られて」の「れ」は自発の助動詞で、その程度もおのずと知られて、と倒置によって感慨を示している。
おいき:年を経た木、老木
いははる:神として祀られる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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君が去なん形見にすべき桜さへ 名残あらせず風誘ふなり
- 次の歌
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竹の音も荻吹く風の少なきに たぐへて聞けばやさしかりけり