山吹の花咲く井手の里こそは
やしうゐたりと思はざらなん
- 歌の意味
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山吹の花の咲く井手の里こそは、拾い残しの落ち穂のようなものだとは思わないでほしい。
- 鑑賞
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雑歌 1169
詞書は前の歌に続き「庚申の夜、孔子配りをして歌よみけるに、古今、後撰、拾遺、これを、梅、桜、山吹、に寄せたる題を取りてよみける:拾遺に、山吹を寄す」
同じ庚申の夜の題詠のうち、拾遺集を山吹に寄せた一首である。山吹の花の咲く井手の里こそは、つまらないものだと思わないでほしい、と詠む。
井手は山城国の地名で、山吹と蛙で知られる歌枕である。「やしうゐたり」は語義がとりにくいが、題の「拾遺」の音「しふゐ」を詠み込んだ言葉遊びと見られ、拾遺集を、三代集の残りを拾い集めたものと軽んじないでほしい、という含みを山吹に託したと解される。三首は、三代集の特色を梅、桜、山吹に託した遊戯的な連作である。
初句「山吹の」は、晩春に黄色い花を咲かせる山吹の、の意である。
二句「花咲く井手の」の「井手」は、山吹の名所として知られる山城国の歌枕である。
三句「里こそは」の「こそ」は強意の係助詞で、ほかでもない井手の里こそは、の意を表す。
四句「やしうゐたりと」は、語義がとりにくいが、題の「拾遺」の音を詠み込んだ言葉遊びと見られる。
結句「思はざらなん」の「なん」は他者への願望の終助詞で、思わないでほしい、と結ぶ。
ゐで:山城国の地名。山吹と蛙で知られる歌枕
しふゐ:漏れたものを拾い補うこと。拾遺和歌集
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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春風の吹きおこせむに桜花 隣苦しく主や思はん
- 次の歌
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隙もなく降り来る雨の脚よりも 数限りなき君が御代かな