いにしへの松の下枝を洗ひけん
波を心にかけてこそ見れ
- 歌の意味
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昔、松の下枝を洗ったという波を、心にかけて、今もこうして見ることだ。
- 鑑賞
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雑歌 1219
詞書「松の下枝を洗ひけん波、いにしへに変はらずやと覚えて」
前歌と同じ住吉社で、昔、松の下枝を洗ったという波は、今も昔と変わらないだろうかと思って詠んだ一首である。昔、住吉の松の下枝を洗ったという波を、心にかけて見ることだ、と詠む。
後三条院の住吉御幸の折に源経信が詠んだ「沖つ風吹きにけらしな住吉の松のしづ枝を洗ふ白波」(後拾遺和歌集)を踏まえている。前歌で思い起こした後三条院の御幸にちなむ名歌を、目の前の波に重ねて懐古している。
初句「いにしへの」は、昔の、の意で、後三条院の御幸の頃を指す。
二句「松の下枝を」は、住吉の松の下の方の枝を、の意で、経信の歌の句を受けている。
三句「洗ひけん」の「けん」は過去の伝聞の助動詞で、洗ったという、の意である。
四句「波を心に」は、その波を心に、の意である。
結句「かけてこそ見れ」の「かけ」は、心にかける意に、波がかかる意を響かせ、「こそ」は強意の係助詞として已然形「見れ」と係り結びをなす。
しづえ:下の方の枝
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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絶えたりし君が御幸を待ちつけて 神いかばかり嬉しかるらん
- 次の歌
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紫の色なき頃の野辺なれや かたまつりにてかけぬ葵は