紫の色なき頃の野辺なれや
かたまつりにてかけぬ葵は
- 歌の意味
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紫の色のない頃の野辺なのだろうか。斎院のいない片祭りで、誰も掛けない葵は。
- 鑑賞
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雑歌 1220
詞書「斎院おはしまさぬ頃にて、祭の帰さもなかりければ、紫野を通るとて」
賀茂の斎院が不在の時期で、賀茂祭の帰りの行列もなかったので、紫野を通ったときに詠んだ一首である。紫野という名なのに紫の色のない頃の野辺なのだろうか、斎院のいない片祭りで、誰も掛けることのない葵は、と詠む。
紫野は斎院の御所があった地で、賀茂祭では斎院の行列が葵を掛けて紫野へ帰る「祭の帰さ」が見物であった。斎院不在のため行列もなく、葵が掛けられないまま野にあるさまに、紫野の名にふさわしい華やぎのないことを嘆いている。
初句「紫の」は、紫の色の、の意で、地名の紫野と、斎院の高貴な色とを響かせている。
二句「色なき頃の」は、その色のない時期の、の意で、斎院の不在を暗示している。
三句「野辺なれや」の「や」は疑問で、野辺なのだろうか、の意を表し、三句切れとなる。
四句「かたまつりにて」の「かたまつり」は、斎院のいない不完全な祭、片祭りの意である。
結句「かけぬ葵は」は、掛けられることのない葵は、の意で、倒置によって嘆きの対象を示している。
さいゐん:賀茂神社に奉仕した未婚の皇女
かたまつり:斎院のいない不完全な祭
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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いにしへの松の下枝を洗ひけん 波を心にかけてこそ見れ
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神の世も変はりにけりと見ゆるかな その事わざのあらずなるにも