神の世も変はりにけりと見ゆるかな
その事わざのあらずなるにも
- 歌の意味
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神の世までも変わってしまったと見えることよ。その祭の作法が、昔のようでなくなったことにつけても。
- 鑑賞
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雑歌 1221
詞書「北祭の頃、賀茂に参りたりけるに、折嬉しくて、待たるる程に使参りたり、橋殿に着きて、つい伏し拝まるるまではさる事にて、舞人のけしき振る舞ひ、見し世の事とも覚えず、東遊びに琴打つ陪従もなかりけり、さこそ末の世ならめ、神いかに見給ふらむと、恥づかしき心地してよみ侍りける」
賀茂祭の頃に賀茂社に参詣し、ちょうどよい折と喜んで待っていると勅使が到着した。橋殿に着いて拝礼するまではよかったが、舞人の様子や振る舞いはかつて見た世のこととも思えず、東遊びで琴を弾く陪従もいなかった。いくら末世とはいえ、神はどうご覧になるだろうかと恥ずかしい気持ちで詠んだ一首である。神の世までも変わってしまったと見える、その祭の作法が昔のようでなくなったことにつけても、と嘆いている。
祭儀の衰えに末世の到来を感じ、神に対して恥じ入る心を表している。古い伝統の失われてゆくことへの、西行の深い憂いがうかがえる。
初句「神の世も」は、神の世までも、の意である。
二句「変はりにけりと」の「にけり」は完了と詠嘆で、変わってしまったと、の意である。
三句「見ゆるかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、三句切れとなる。
四句「その事わざの」は、祭の作法や行事の、の意である。
結句「あらずなるにも」は、昔のようでなくなったことにつけても、の意で、倒置によって嘆きの理由を示している。
ことわざ:行事、作法
べいじゆう:祭の舞楽で楽を奏する地下の楽人
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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紫の色なき頃の野辺なれや かたまつりにてかけぬ葵は
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御手洗の流れはいつも変はらじを 末にしなればあさましの世や