御手洗の流れはいつも変はらじを
末にしなればあさましの世や
- 歌の意味
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御手洗川の流れはいつも変わらないだろうに、流れの末、末の世になったので、浅ましい世であることよ。
- 鑑賞
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雑歌 1222
詞書「更けけるままに、御手洗の音神さびて聞こえければ」
前歌と同じ賀茂社で、夜が更けるにつれて御手洗川の水音が神々しく聞こえたので詠んだ一首である。御手洗川の流れはいつも変わらないだろうに、流れの末であるように、世が末になったので、嘆かわしい世であることよ、と詠む。
変わらない川の流れと、衰えてゆく世とを対比し、前歌の祭儀の衰えへの嘆きを受けている。「末」に流れの末と末世とを、「あさまし」に水の浅いことと嘆かわしいこととを掛け、水の縁で世の衰えを嘆いている。
初句「御手洗の」は、賀茂社の御手洗川の、の意である。
二句「流れはいつも」は、川の流れはいつも、の意である。
三句「変はらじを」の「じ」は打消推量、「を」は逆接で、変わらないだろうに、の意を表す。
四句「末にしなれば」の「末」は、流れの下流の意と末世の意を掛け、「し」は強意の副助詞である。
結句「あさましの世や」の「あさまし」は、水が浅い意と、嘆かわしい意を掛けた掛詞で、「や」は詠嘆である。
みたらし:神社の参拝者が手や口を清める川
あさまし:水が「浅し」の意と、嘆かわしい意を掛ける
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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神の世も変はりにけりと見ゆるかな その事わざのあらずなるにも
- 次の歌
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榊葉に心をかけん木綿四手て 思へば神も仏なりけり