- 歌の意味
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松山で流す涙は、海のように深くなって、極楽の蓮の池に流れ入れてほしいと思う。
- 鑑賞
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雑歌 1236
詞書は前の歌に続き「返し」
前歌に続く女房の返歌の二首目である。院のおられる松山で流す涙は、海のように深くなって、やがて極楽の蓮の池に流れ入るようにと願う、と詠む。
松山は崇徳院の配所があった讃岐の地名である。悲しみの涙を海に、さらに極楽浄土の蓮池にまで流し入れたいという表現に、院の来世の往生を願う心を込めている。西行が院の勤行を励ましたのに応じ、浄土への願いで応えている。
初句「松山の」は、崇徳院の配所のある讃岐の松山の、の意である。
二句「涙は海に」は、流す涙は海のように、の意である。
三句「深くなりて」は、深くなって、の意で、字余りとなっている。
四句「蓮の池に」は、極楽浄土の蓮の池に、の意である。
結句「入れよとぞ思ふ」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「思ふ」で結び、流し入れてほしいと思う、と結ぶ。
はちす:蓮。極楽浄土の象徴
まつやま:讃岐国の地名。崇徳院の配所があった
- 出典
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山家集
- 前の歌
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目の前に変はり果てにし世の憂さに 涙を君に流しけるかな
- 次の歌
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波の立つ心の水をしづめつつ 咲かん蓮を今は待つかな