消えかへり暮れ待つ袖ぞしをれぬる
おきつる人は露ならねども
- 歌の意味
-
消え入るほどの思いで日暮れを待つ私の袖は、ぐっしょりと濡れてしおれてしまった。朝起きて帰っていった人は、露ではないけれども。
- 鑑賞
-
雑歌 1257
詞書は前の歌に続き「恋百十首」
逢瀬の後、消え入るほどの思いで次の夕暮れを待つ私の袖は、涙にぐっしょり濡れてしまった、朝起きて帰っていったあの人は、置く露ではないけれども、と詠む。
恋の段階が逢う恋へと進み、後朝の別れの後の思いを詠んでいる。朝に起きて帰った人と、朝に置く露とを「おき」の掛詞で重ね、人は露ではないのに袖は露に濡れたようだと、涙を露に見立てている。
初句「消えかへり」は、消え入るほどに思い沈んで、の意で、露の消える縁を持つ。
二句「暮れ待つ袖ぞ」は、夕暮れの逢瀬を待つ袖が、の意で、「ぞ」は強意の係助詞として三句の連体形「ぬる」と係り結びをなす。
三句「しをれぬる」は、涙で濡れてしおれてしまった、の意で、三句切れとなる。
四句「おきつる人は」の「おき」は、人が「起き」て帰る意と、露が「置く」意を掛けた掛詞である。
結句「露ならねども」は、露ではないけれども、の意で、袖の涙を露に見立てている。
きえかへる:消え入るほどに思い沈む
おく:人が「起く」意と、露が「置く」意を掛ける
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
さりとよとほのかに人を見つれども 覚えぬ夢の心地こそすれ
- 次の歌
-
いかにせんその五月雨の名残より やがて小止まぬ袖の雫を