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逢ふまでの命もがなと思ひしに
悔しかりける我が心かな

歌の意味
せめて逢うまでの命があればよいと思っていたのに、逢った今となっては悔しいことであった我が心であることよ。
鑑賞
雑歌 1269

詞書は前の歌に続き「恋百十首」
 せめて逢うまでは命があってほしいと願っていたのに、逢った今となっては、そう願ったことが悔しい我が心であることよ、と詠む。
 逢うことだけを望んでいたが、逢えばいっそう離れがたく、逢うまでの命などと願ったのが悔やまれるという、恋の欲の尽きなさを詠んでいる。逢瀬の後にかえって深まる恋の苦しみが表れている。

 初句「逢ふまでの」は、逢うまでの、の意である。
 二句「命もがなと」の「もがな」は願望の終助詞で、命があればよいと、の意である。
 三句「思ひしに」は、思っていたのに、の意である。
 四句「悔しかりける」は、悔しいことであった、の意である。
 結句「我が心かな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。

もがな:〜があればよい、という願望を表す
作者
西行
出典
山家集
前の歌
包めども人知る恋や大井川 堰の隙を潜る白波
次の歌
今よりは逢はで物をば思ふとも 後憂き人に身をばまかせじ