荻の音は物思ふ我か何なれば
こぼるる露の袖に置くらん
- 歌の意味
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荻の葉音は、物思いをしている私なのだろうか。どういうわけで、荻からこぼれる露が私の袖に置くのだろう。
- 鑑賞
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雑歌 1274
詞書は前の歌に続き「恋百十首」
荻の葉音は物思いをしている私なのか、そうでもないのに、どういうわけで、荻からこぼれる露が私の袖に置くのだろう、と詠む。
荻の葉音に涙を誘われ、袖に涙の露が置くことを、荻の露が袖に移ったかのように詠んでいる。荻と自分とが一体化したような錯覚の中に、物思いの深さが表れている。本巻の第千二百六十七首でも荻を吹く風が詠まれていた。
初句「荻の音は」は、荻の葉の風に鳴る音は、の意で、字余りとなっている。
二句「物思ふ我か」は、物思いをしている私なのか、の意で、字余りとなっている。
三句「何なれば」は、どういうわけで、の意である。
四句「こぼるる露の」は、こぼれる露が、の意で、涙をたとえている。
結句「袖に置くらん」の「らん」は原因推量の助動詞で、袖に置くのだろう、と結ぶ。
をぎ:イネ科の多年草。葉音が秋風を告げるものとして詠まれた
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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あやにくに人目も知らぬ涙かな 堪へぬ心に忍ぶかひなく
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草しげみ沢にぬはれて伏す鴫の いかによそだつ人の心ぞ