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かりそめに置く露とこそ思ひしか
あきに逢ひぬる我が袂かな

歌の意味
一時的に置いた露だとばかり思っていたのに、秋に逢い、飽きられてしまった我が袂であることよ。
鑑賞
雑歌 1291

詞書は前の歌に続き「恋百十首」
 袖の涙は、一時的に置いたかりそめの露だとばかり思っていたのに、秋に出逢い、相手に飽きられて、いつまでも乾かない我が袂であることよ、と詠む。
 「あき」に「秋」と「飽き」とを掛け、秋になれば露が多く置くように、相手に飽きられて涙が絶えなくなったことを詠んでいる。一時の涙だと思っていたものが、心変わりによって絶えない涙となった悲しみである。

 初句「かりそめに」は、一時的に、ほんの仮に、の意である。
 二句「置く露とこそ」は、置く露だとばかり、の意で、「こそ」は強意の係助詞として三句の已然形「しか」と係り結びをなす。
 三句「思ひしか」は、思っていたのに、の意で、逆接で下の句に続き、三句切れとなる。
 四句「あきに逢ひぬる」の「あき」は、「秋」と「飽き」を掛けた掛詞で、秋に出逢った、飽きられてしまった、の意を重ねている。
 結句「我が袂かな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。

かりそめ:一時的なこと
あき:「秋」と「飽き」を掛ける
作者
西行
出典
山家集
前の歌
川の瀬によに消えやすきうたかたの 命をなぞや君が頼むる
次の歌
おのづからありへばとこそ思ひつれ 頼みなくなる我が命かな