今は我恋せん人を訪ふらはん
世に憂きことと思ひ知られぬ
- 歌の意味
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今となっては、私は恋をする人を慰め見舞ってやろう。恋とはこの世でつらいことだと、身にしみて思い知られたから。
- 鑑賞
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雑歌 1313
詞書は前の歌に続き「恋百十首」
今となっては、私は恋をしている人を慰め見舞ってやろう、恋とはこの世で本当につらいものだと、身にしみて思い知ったから、と詠む。
恋の苦しみを知り尽くした者として、同じ苦しみを抱える人への共感を表している。自らの苦しい経験が、他者への思いやりへと転じている点に、恋の歌でありながら仏教的な慈悲の心がうかがえる。
初句「今は我」は、今となっては私は、の意である。
二句「恋せん人を」は、恋をしているような人を、の意である。
三句「訪ふらはん」の「とぶらふ」は、見舞う、慰める意で、「ん」は意志の助動詞であり、三句切れとなる。
四句「世に憂きことと」は、この世でつらいことだと、の意である。
結句「思ひ知られぬ」の「れ」は自発、「ぬ」は完了で、思い知られたから、と倒置によって理由を示している。
とぶらふ:見舞う、慰める
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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嘆かじと包みし頃の涙だに うちまかせたる心地やはせし
- 次の歌
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眺めこそ憂き身の癖になり果てて 夕暮ならぬ折もせらるれ