眺めこそ憂き身の癖になり果てて
夕暮ならぬ折もせらるれ
- 歌の意味
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物思いにふけって眺めることが、つらい我が身の癖になりきってしまって、夕暮れでない時にも、ついしてしまう。
- 鑑賞
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雑歌 1314
詞書は前の歌に続き「恋百十首」
物思いにふけってぼんやりと眺めることが、つらい我が身の癖になってしまい、物思いの時である夕暮れでなくても、ついしてしまう、と詠む。
「眺め」は和歌では物思いにふける意を持ち、ふつう夕暮れに行うものとされた。それが癖になって時を選ばずしてしまうほど、恋の物思いが深まっていることを詠んでいる。
初句「眺めこそ」の「眺め」は、物思いにふけってぼんやり見ることで、「こそ」は強意の係助詞として結句の已然形「るれ」と係り結びをなす。
二句「憂き身の癖に」は、つらい我が身の癖に、の意である。
三句「なり果てて」は、すっかりなってしまって、の意である。
四句「夕暮ならぬ」は、夕暮れではない、の意で、物思いの時とされる夕暮れとの対比である。
結句「折もせらるれ」の「らるれ」は自発の助動詞「らる」の已然形で、時にもしてしまう、と結ぶ。
ながめ:物思いにふけってぼんやり見ること
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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今は我恋せん人を訪ふらはん 世に憂きことと思ひ知られぬ
- 次の歌
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思へども思ふかひこそなかりけれ 思ひも知らぬ人を思へば