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わりなしやいつを思ひの果てにして
月日を送る我が身なるらん

歌の意味
どうにもならないことだ。いつを物思いの終わりとして、月日を送っている我が身なのだろう。
鑑賞
雑歌 1319

詞書は前の歌に続き「恋百十首」
 どうにもならないことだ、いったいいつを物思いの終わりと定めて、こうして月日を送っている我が身なのだろう、と詠む。
 終わりの見えない恋の物思いの中で、ただ月日だけが過ぎてゆく虚しさを詠んでいる。本巻の第千二百四十四首、第千二百八十二首と同じく初句を「わりなし」で始め、恋のどうにもならなさを嘆いている。

 初句「わりなしや」は、どうにもならないことだ、と嘆く初句切れである。
 二句「いつを思ひの」は、いつを物思いの、の意である。
 三句「果てにして」は、終わりとして、の意である。
 四句「月日を送る」は、月日を過ごす、の意である。
 結句「我が身なるらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、我が身なのだろう、と結ぶ。

わりなし:どうにもならない
作者
西行
出典
山家集
前の歌
死なばやと何思ふらん後の世も 恋は世に憂きこととこそ聞け
次の歌
いとほしやさらに心の幼びて 魂切れらるる恋もするかな