- 歌の意味
- いくらなんでも、すっかり人目を気にしなくなってしまって、ああ、なんと見苦しい袖の涙の雫であることよ。
- 鑑賞
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雑歌 1343
詞書は前の歌に続き「恋百十首」
いかに恋に溺れたとはいえ、すっかり人目も構わなくなってしまって、ああ、なんと見苦しい袖の涙の雫であることよ、と詠む。
忍ぶ恋の段階を過ぎ、人目も気にせず涙を流す自分を、客観的に見て恥じる心である。「あなさまにく」と、自らの姿を厳しく批評している。
初句「さもこそは」は、いかにもそのようであろうが、いくらなんでも、の意である。
二句「人目思はず」は、人目を気にしない、の意である。
三句「なり果てて」は、すっかりなってしまって、の意である。
四句「あなさまにくの」の「あな」は感動詞、「さまにくし」は見苦しい意である。
結句「袖の雫や」の「や」は詠嘆の間投助詞で、袖の涙の雫よ、と結ぶ。
さまにくし:見苦しい、体裁が悪い
- 作者
- 西行
- 出典
- 山家集
- 前の歌
- 君に染む心の色の深さには 匂ひもさらに見えぬなりけり
- 次の歌
- かつすすぐ沢の小芹の根を白み 清げに物を思はずもがな