松山の波に流れて来し舟の
やがてむなしくなりにけるかな
- 歌の意味
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松山の波に流されてやって来た舟が、そのまま空しくなってしまったように、院はそのままお亡くなりになってしまったことよ。
- 鑑賞
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雑歌 1353
詞書「讃岐に詣でて、松山の津と申す所に、院おはしましけん御跡尋ねけれど、形もなかりければ」
讃岐に赴き、松山の津という所で、崇徳院がおられたという跡を尋ねたが、跡形もなかったので詠んだ一首である。松山の波に流されてやって来た舟がそのまま空しくなってしまうように、院もこの地でそのままお亡くなりになってしまったことだ、と詠む。
崇徳院は配流から八年後、讃岐で崩御された。西行はその後、院の跡を慕って讃岐を訪れている。院を、波に流されて来た舟にたとえ、舟が空になることと、院が崩御されたこととを「むなしく」の一語に重ねている。以下、讃岐の崇徳院をめぐる歌が続く。
初句「松山の」は、讃岐国の松山の、の意で、崇徳院が最初に着かれた地である。
二句「波に流れて」は、波に流されて、の意で、配流の身を表す。
三句「来し舟の」は、やって来た舟の、の意で、院をたとえている。
四句「やがてむなしく」の「むなし」は、舟が空になる意と、亡くなる意を重ねている。
結句「なりにけるかな」の「にけるかな」は完了と詠嘆で、なってしまったことよ、と結ぶ。
むなしくなる:亡くなる。舟が空になる意を重ねる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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よしさらば光なくとも玉と言ひて 言葉の塵は君磨かなん
- 次の歌
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松山の波のけしきは変はらじを 形なく君はなりましにけり