よしや君昔の玉の床とても
かからん後は何にかはせん
- 歌の意味
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ええ、わが君よ、たとえ昔の玉座であったとしても、このようになってしまった後では、何になりましょうか。
- 鑑賞
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雑歌 1355
詞書「白峰と申しける所に、御墓の侍りけるに参りて」
讃岐の白峰という所にある崇徳院の御陵に参って詠んだ一首である。わが君よ、たとえ昔は玉座におられたとしても、このようにお亡くなりになった後では、それが何になりましょうか、と詠む。
かつての帝王の栄華も、死の前にはむなしいものであると説き、院の霊に、この世への執着を捨てて成仏されるよう願う心が込められている。この歌は、上田秋成の『雨月物語』「白峯」に、西行が崇徳院の霊と対面する場面で用いられたことでも名高い。
初句「よしや君」の「よしや」は、ええ、たとえ、の意で、「君」は崇徳院への呼びかけである。
二句「昔の玉の」は、昔の美しい、の意である。
三句「床とても」の「玉の床」は玉座、帝王の位を指し、「とても」は、であっても、の意である。
四句「かからん後は」は、このようになった後では、の意で、崩御された今を指す。
結句「何にかはせん」の「かは」は反語で、何になろうか、何にもならない、と結ぶ。
たまのゆか:玉で飾った美しい床。玉座
しらみね:讃岐国の地名。崇徳院の御陵がある
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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松山の波のけしきは変はらじを 形なく君はなりましにけり
- 次の歌
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曇りなき山にて海の月見れば 島ぞ氷の絶え間なりける