筆の山にかき登りても見つるかな
苔の下なる岩のけしきを
- 歌の意味
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筆の山によじ登って、見たことであるよ。苔の下にある岩の様子を。
- 鑑賞
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雑歌 1371
詞書「やがてそれが上は、大師の、御師に逢ひ参らせさせおはしましたる峰なり、我拝師山と、その山をば申すなり、その辺の人は、わがはいしとぞ申し習ひたる、山文字をば捨てて、申さず、又筆の山とも名付けたり、遠くて見れば筆に似て、まろまろと山の峰の先の尖りたるやうなるを、申し習はしたるなめり、行道所より、構へてかきつき登りて、峰に参りたれば、師に逢はせおはしましたる所のしるしに、塔を建ておはしましたりけり、塔の礎、はかりなく大きなり、高野の大塔などばかりなりける塔の跡と見ゆ、苔は深く埋みたれども、石大きにして、あらはに見ゆ、筆の山と申す名につきて」と記され、「善通寺の大師の御影には、そばにさし上げて、大師の御師書き具せられたりき、大師の御手なども、おはしましき、四の門の額少々割れて、おほかたは違はずして侍りき、末にこそいかがなりなんずらんと、おぼつかなく覚え侍りしか」と注記がある。
行道所のすぐ上の峰は、大師が釈迦にお会いになった峰で、我拝師山と呼ばれ、また遠くから見ると筆に似ていることから筆の山とも名付けられている。行道所から用心してしがみつきながら峰に登ると、大師が師に会われた所のしるしに建てた塔の跡があり、その礎石は高野山の大塔ほどの大きさで、苔に深く埋もれながらもはっきり見えた。筆の山という名にちなんで詠んだ一首である。筆の山によじ登って、苔の下にある岩の様子を見たことだ、と詠む。
「筆の山」の名にちなみ、筆で「書く」と、よじ登る意の「かき登る」とを掛けている。苔の下に眠る大師の塔の礎石を、まさに自分の目で確かめた感動を詠んでいる。注記には、善通寺の大師の御影や、四つの門の額の様子も記されている。
初句「筆の山に」は、我拝師山の別名筆の山に、の意で、字余りとなっている。
二句「かき登りても」の「かき」は、筆で「書く」と、よじ登る意の接頭語「かき」とを掛けている。
三句「見つるかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、見たことであるよ、と三句切れとなる。
四句「苔の下なる」は、苔の下にある、の意である。
結句「岩のけしきを」は、塔の礎石である岩の様子を、の意で、倒置によって見たものを示している。
かきのぼる:よじ登る。筆で「書く」を掛ける
いしずゑ:建物の土台となる石
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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巡り逢はんことの契りぞありがたき 厳しき山の誓ひ見るにも
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立て初むる網捕る浦の初竿は 罪の中にもすぐれたるかな