- 歌の意味
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今こそわかった。二見の浦の蛤を、貝合わせのためにと、こうして集めて覆っていたのであったよ。
- 鑑賞
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雑歌 1386
詞書「伊勢の二見の浦に、さるやうなる女の童どもの集まりて、わざとのこととおぼしく、蛤を取り集めけるを、言ふかひなき海人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、貝合はせに京より人の申させ給ひたれば、選りつつ取るなりと申しけるに」
伊勢の二見の浦で、それなりの身なりの少女たちが集まって、わざわざのことと見えて蛤を取り集めていた。卑しい海人ならともかく、嘆かわしいことだと言うと、貝合わせのために京の人から頼まれたので、選びながら取っているのだと答えたので詠んだ一首である。今こそわかった、二見の浦の蛤を、貝合わせのためにと、こうして取り集めていたのだ、と詠む。
貝合わせは、蛤の殻の内側に絵を描き、対になる殻を合わせる遊びで、蛤の殻を覆い合わせることから「覆ふ」と言った。都の雅な遊びのために、遠い伊勢の浦で少女たちが貝を集めているという、都と地方とのつながりを描いている。本巻の第千百八十九首からの貝合わせの連作とも響き合う。
初句「今ぞ知る」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「知る」と係り結びをなし、今こそわかった、と言い切る初句切れである。
二句「二見の浦の」は、伊勢の二見の浦の、の意である。
三句「蛤を」は、蛤を、の意である。
四句「貝合はせとて」は、貝合わせのためにと、の意である。
結句「覆ふなりけり」の「覆ふ」は、貝合わせで殻を覆い合わせることを言い、「けり」は気づきの詠嘆である。
かひあはせ:蛤の殻を合わせる遊び
おほふ:覆う。貝合わせで殻を合わせること
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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合はせばや鷺と烏と碁を打たば 答志菅島黒白の浜
- 次の歌
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阿古屋採るいがひの殻を積み置きて 宝の跡を見するなりけり