この里や嵯峨の御狩の跡ならん
野山も果てはあせ変はりけり
- 歌の意味
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この里は、嵯峨の帝の御狩の跡であろうか。野山さえも、ついには荒れ変わってしまったことよ。
- 鑑賞
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雑歌 1423
詞書「嵯峨野の、見し世にも変はりて、あらぬやうになりて、人いなんとしたりけるを見て」
嵯峨野が、かつて見た頃とはすっかり変わってしまい、人々も去ろうとしているのを見て詠んだ一首である。この里は、かつての嵯峨の帝の御狩の跡なのだろうか、野山さえも、ついには荒れ変わってしまうものだ、と詠む。
嵯峨野はかつて天皇の狩り場であり、華やかな歴史を持つ地である。人の世ばかりでなく、野山という自然さえも移ろいゆくことに、無常を深く感じている。以下、嵯峨の大覚寺をめぐる懐古の歌が続く。
初句「この里や」の「や」は疑問で、この里は、の意である。
二句「嵯峨の御狩の」は、嵯峨野で行われた帝の狩りの、の意である。
三句「跡ならん」の「ん」は推量の助動詞で、跡であろうか、の意を表し、三句切れとなる。
四句「野山も果ては」は、野山さえも最後には、の意である。
結句「あせ変はりけり」の「あす」は、衰える、荒れる意で、「けり」は詠嘆である。
みかり:天皇の狩り
あす:衰える、荒れる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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深く入るは月ゆゑとしもなきものを うき世しのばんみ吉野の山
- 次の歌
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庭の岩に目立つる人もなからまし かどあるさまに立てし置かずは