- 歌の意味
- 待つ心を習ったのは、私からなのだろうか、ほととぎすよ。あなたをようやく待ち得た宵の枕もとで鳴くとは。
- 鑑賞
-
雑歌 1449
詞書は前の歌に続き「題しらず」
人を待つ心を習ったのは私からなのだろうか、ほととぎすよ、ようやくあなたを待ち得た宵の枕もとで鳴くとは、と詠む。
ほととぎすの初音は、人々が待ちわびるものとされた。恋人を待つ自分の心をほととぎすが習ったかのように、待ち人の訪れた宵にちょうど鳴いたことに興じている。語義のとりにくいところがあるが、ここでは右のように解した。
初句「習へける」は、習い覚えた、の意である。
二句「心は我か」は、その心は私からか、の意である。
三句「時鳥」は、ほととぎすへの呼びかけで、三句切れとなる。
四句「君待ち得たる」は、あなたをようやく待ち得た、の意である。
結句「宵の枕に」は、宵の枕もとで、の意で、倒置によって鳴いた場を示している。
まちう:待っていたものを得る
- 作者
- 西行
- 出典
- 山家集
- 前の歌
- 山里の人もこずゑの松が末に あはれに来ゐるほととぎすかな
- 次の歌
- 腹赤釣る大わた崎の浮け縄に 心かけつつ過ぎんとぞ思ふ