腹赤釣る大わた崎の浮け縄に
心かけつつ過ぎんとぞ思ふ
- 歌の意味
-
腹赤を釣る大わた崎の浮き縄に、心を配りながら通り過ぎようと思う。
- 鑑賞
-
雑歌 1450
詞書「筑紫に、腹赤と申す魚の釣りをば、十月朔日に下ろすなり、師走に引き上げて、京へは上せ侍る、その釣りの縄は、遥かに遠く引き渡して、通る船のその縄に当たりぬるをば、かこちかかりて、高家がましく申して、むつかしく侍るなり、その心をよめる」
筑紫では、腹赤という魚の釣り縄を十月一日に下ろし、師走に引き上げて京へ献上する。その釣り縄は遥か遠くまで引き渡してあり、通る船がその縄に当たると、言いがかりをつけて権勢をかさに着た物言いをするので面倒である、という事情を詠んだ一首である。腹赤を釣る大わた崎の浮き縄に、引っかからないよう心を配りながら通り過ぎようと思う、と詠む。
腹赤は鱒の一種で、朝廷に献上された魚である。献上の漁を権威として、通る船に難癖をつける人々への皮肉を込めつつ、「心かけ」に、心を配る意と縄に掛かる意とを重ねている。
初句「腹赤釣る」は、腹赤という魚を釣る、の意である。
二句「大わた崎の」は、筑紫の地名と見られる。
三句「浮け縄に」は、釣り縄の浮きの縄に、の意である。
四句「心かけつつ」は、心を配りながら、の意で、縄に「掛く」意を響かせている。
結句「過ぎんとぞ思ふ」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「思ふ」と係り結びをなし、通り過ぎようと思う、と結ぶ。
はらか:鱒の一種。朝廷に献上された
かうけがまし:権勢をかさに着ている
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
習へける心は我か時鳥 君待ち得たる宵の枕に
- 次の歌
-
腹赤釣るお□□□つきてすまふ波に けことおぼゆる入り取りの海人