- 歌の意味
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吉野山の高い峰の桜が咲きはじめたならば、このように花の薄雲がかかるものなのだろうか。
- 鑑賞
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百首 1454
詞書は前の歌に続き「花十首」
花十首の二首目である。吉野山の高嶺の桜が咲き始めたら、峰には花の薄雲がかかったように見えるのだろうか、と思いやる。
咲いた桜を雲に見立てる伝統的な趣向を、まだ見ぬ咲き初めの時期に向けて想像したところに特色がある。前歌が散ったあとの木の下を詠んだのに対し、本歌は咲き初めの高嶺を詠み、時の前後と上下の位置が反転した構図となっている。
初句「吉野山」は、前歌と同じ初句で、花十首の舞台を引き継いでいる。
二句「高嶺の桜」は、高い峰に咲く桜の意で、前歌の「木のもと」と上下の対をなしている。
三句「咲きそめば」の「そめ」は、し始める意を表し、咲き始めたならば、の意である。
四句「かからんものか」の「ものか」は詠嘆を含む疑問で、このようにかかるものなのだろうか、と想像する意を表す。
結句「花の薄雲」は、咲いた桜を薄くたなびく雲に見立てた表現で、体言止めとなっている。
たかね:高い峰
さきそむ:咲き始める
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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吉野山花の散りにし木のもとに とめし心は我を待つらん
- 次の歌
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人はみな吉野の山へ入りぬめり 都の花に我はとまらん