山深く心はかねて送りてき
身こそ憂き世を出でやらねども
- 歌の意味
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山深くへ、心はもう前々から送っておいた。身こそ、この憂き世をすっかり出てしまうことはできないけれども。
- 鑑賞
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百首 1504
詞書は前の歌に続き「述懐十首」
述懐十首の二首目である。身はまだこの憂き世を出きれずにいるが、心だけはすでに前々から山深くへと送ってしまった、と詠む。
世を捨てたいと願いながら、身はなお俗世にとどまっている自らを、心と身とを分けて捉えた一首である。巻頭の第千四百五十三首が吉野の花のもとに心を留めたように、ここでも心だけを先に送り、身が後に残るという構図が繰り返されている。
初句「山深く」は、山の奥深くへ、の意である。
二句「心はかねて」の「かねて」は、前もって、前々から、の意である。
三句「送りてき」の「き」は過去で、送っておいた、の意を表し、三句切れとなる。
四句「身こそ憂き世を」の「こそ」は係助詞で、結句の「ね」と係り結びをなし、二句の「心は」と対をなしている。
結句「出でやらねども」の「やら」は、すっかり~しきる意、「ね」は「こそ」を受けた打消の已然形で、「ども」は逆接を表し、出きれずにいるけれども、の意である。
かねて:前もって、以前から
いでやる:すっかり出てしまう
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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いざさらば盛り思ふもほどもあらじ 藐姑射が峰の花にむつれじ
- 次の歌
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月にいかで昔のことを語らせて 影に添ひつつ立ちも離れじ