惑ひてし心を誰も忘れつつ
ひかへらるなることの憂きかな
- 歌の意味
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かつて迷い苦しんだ心を誰もが忘れてしまっては、なお世に引き留められているということの、なんとつらいことか。
- 鑑賞
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百首 1533
詞書「釈教十首、訖栗枳王の夢のうちに、三首」
釈教十首の一首目で、訖栗枳王の夢を詠んだ三首の一首目である。かつての迷いの心を誰もが忘れては、なお世に引き留められているのがつらい、と詠む。
訖栗枳王の夢は、古代インドの王が見た十の不思議な夢を、釈迦が末の世の仏法のありさまを示すものとして解き明かしたという説話である。本歌はその夢の一つにちなみ、迷いを忘れてなお世の執着に引き留められる末世の人の心を嘆いたものと見られる。
初句「惑ひてし」の「てし」は完了と過去で、迷っていた、の意である。
二句「心を誰も」は、その心を誰もが、の意である。
三句「忘れつつ」の「つつ」は反復、継続で、忘れてしまっては、の意である。
四句「ひかへらるなる」の「ひかふ」は引き留める意、「らる」は受身、「なる」は伝聞推定で、引き留められているという、の意である。
結句「ことの憂きかな」の「かな」は詠嘆で、そのことがつらいことだ、の意を表す。
まどふ:迷う、思い乱れる
ひかふ:引き留める
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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御裳濯の岸の岩根に世をこめて 固め立てたる宮柱かな
- 次の歌
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引き引きに我が得てつると思ひける 人の心やせはまくの絹