山桜つぼみ始むる花の枝に
春をばこめて霞むなりけり
- 歌の意味
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山桜がつぼみはじめた花の枝に、春をすっかりこめて、霞がかかっているのであったよ。
- 鑑賞
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百首 1537
詞書は前の歌に続き「釈教十首、無量義経、三首」
無量義経を詠んだ三首のうちの二首目である。山桜がつぼみはじめた枝に、春のすべてがこめられて霞んでいる、と詠む。
まだ咲かないつぼみの中に春のすべてがこめられているという景を、法華経の前に説かれ、その教えを内に含む無量義経のたとえとしたものと見られる。百首の冒頭の花十首が詠んだ山桜を、ここでは仏法のたとえとして詠み、季の歌と釈教の歌とを響き合わせている。
初句「山桜」は、花十首の第千四百五十六首から第千四百五十八首でも詠まれた語である。
二句「つぼみ始むる」は、つぼみをつけはじめた、の意である。
三句「花の枝に」は、桜の枝に、の意である。
四句「春をばこめて」は、春をすっかり内にこめて、の意で、つぼみの中にやがて咲く花のすべてがこめられていることを示している。
結句「霞むなりけり」の「なりけり」は気づきの詠嘆で、霞んでいるのであったよ、の意を表す。
つぼむ:つぼみをつける
こむ:中に入れる、こめる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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悟り広きこの法をまづ説き置きて 二つなしとは言ひ極めける
- 次の歌
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身につきて燃ゆるおもひの消えましや 涼しき風のあふがざりせば