雪消えばゑぐの若菜も摘むべきに
春さへ晴れぬ深山辺の里
- 歌の意味
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雪が消えたなら、えぐの若菜も摘めるはずなのに、春になってさえ空が晴れない、山奥近くの里よ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 5
雪が消えれば若菜摘みもできるのに、春になっても晴れ間のない山里の暮らしを嘆いた歌である。都の華やかな若菜摘みとは違う、山里の遅い春の実感がこもる。
曾禰好忠らしい、生活に根ざした素材と率直な詠みぶりが表れた一首である。
初句「雪消えば」は、未然形に「ば」が付いた仮定条件で、雪が消えたならの意である。まだ雪が残る現実を前提にしている。
二句「ゑぐの若菜も」の「ゑぐ」は沢などに生える草で、若菜として摘まれた。歌語としては珍しい素材で、好忠らしい取り合わせである。
三句「摘むべきに」は、摘めるはずなのにの意で、接続助詞「に」が逆接的に下へつなぐ。次歌の結句「若菜摘めとや」と若菜摘みの趣向で対応している。
四句「春さへ晴れぬ」は、春であってさえ空が晴れないの意で、「さへ」が添加を表す。雪に閉ざされた里の重苦しさを表現している。
結句「深山辺の里」は、山奥に近い里で、体言止めによって余情を残している。
ゑぐ:沢などに生える草の名。何を指すかは諸説ある
わかな:春の初めに摘む食用の若草
- 作者
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曾禰好忠
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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たまさかに我が待ち得たる鶯の 初音をあやな人や聞くらむ
- 次の歌
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春日野に朝鳴く雉の羽音は 雪の消え間に若菜摘めとや