白雲と見ゆるにしるしみ吉野の
吉野の山の花盛りかも
- 歌の意味
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白雲と見えることではっきりとわかる。吉野の山は今が花盛りなのだろう。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 22
詞書「同じ歌合によめる」
遠く白雲のように見える吉野の山の様子から、今が花盛りだと確信した歌である。「吉野」を重ねる調べの大らかさが、満開の山の広がりを感じさせる。
詞書の「同じ歌合」は、前歌と同じ京極前太政大臣藤原師実家の歌合を指す。藤原定家の『定家八代抄』にも採られている。
初句「白雲と」は、山の桜を白雲に見立てる表現で、第十八首の四句「みな白雲と」などと同じ見立てである。
二句「見ゆるにしるし」は、見えることではっきりわかるの意で、「しるし」は形容詞である。ここで句切れとなる。
三句「み吉野の」の「み」は美称で、四句の「吉野」と重ねて調べを整えている。
四句「吉野の山の」は、桜の名所である吉野山である。三句と同じ語を重ねる技巧が花の山の大きさを印象づける。
結句「花盛りかも」は、詠嘆を表す「かも」で、確信を込めて花盛りを思いやっている。
みよしの:吉野の美称
- 作者
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大江匡房
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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朝まだき霞なこめそ山桜 尋ね行く間のよそ目にも見む
- 次の歌
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山桜惜しむにとまるものならば 花は春とも限らざらまし