- 歌の意味
- 我が身と引き換えに惜しむことで散らずにとどまる花であるならば、今日こそ私の命の終わりとなるだろうに。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 42
命と引き換えにしてでも花を散らさずにいられるなら、今日を自分の命の最後としてもよいと詠んだ歌である。花への愛惜を命を賭けるほどの強さで表し、誇張の中に真情がこもる。
初句「身にかへて」は、我が身と引き換えにしての意である。
二句「惜しむにとまる」は、第二十三首の二句と同じ表現である。第二十三首が花は春に限らないと理屈で受けたのに対し、ここでは命を賭ける思いへと高めている。
三句「花ならば」は、仮定条件である。
四句「今日や我が世の」は、係助詞「や」による疑問で、今日が自分の命のの意である。
結句「限りならまし」は、四句の「や」を受けて反実仮想の「まし」の連体形で結ぶ係り結びである。
よ:生涯。命
かぎり:終わり。最期
- 作者
- 源俊頼
- 出典
- 詞花和歌集
- 前の歌
- 我が宿の桜なれども散る時は 心にえこそ任せざりけれ
- 次の歌
- 庭もせに積もれる雪と見えながら 香るぞ花のしるしなりける