惜しむとて今宵書き置く言の葉や
あやなく春の形見なるべき
- 歌の意味
-
春を惜しむといって今宵書き残しておく言葉が、わけもなく春の形見となってしまうのだろうか。
- 鑑賞
-
巻第一 春歌 50
春の最後の夜に、去る春を惜しんで書き残す歌の言葉が、かえって春の形見になってしまうのだろうかと詠んだ歌である。春を引き留めたい思いで書いた言葉が、春の過ぎ去った証しとして残るという矛盾に、深い愛惜がこもる。
春の巻を閉じる巻末歌である。巻頭の第一首が春風の到来を詠んだのに対し、詞花和歌集を下命した崇徳院の歌が春を惜しんで巻を結んでいる。
初句「惜しむとて」は、春を惜しむといっての意で、前歌の「春の惜しさ」を受けている。
二句「今宵書き置く」は、今夜書き残しておくの意で、春の最後の夜を思わせる。
三句「言の葉や」は、言葉、すなわち和歌のことで、係助詞「や」が疑問を表す。
四句「あやなく春の」の「あやなく」は、わけもなく、筋の通らないことにの意で、第四首の四句「あやな」とも通じる語である。
結句「形見なるべき」は、三句の「や」を受けて推量の助動詞「べし」の連体形で結ぶ係り結びである。巻頭の春の到来に対し、春の形見で巻を閉じる呼応がある。
ことのは:言葉。和歌
かたみ:過ぎ去ったものを思い出すよすがとなるもの
- 作者
-
崇徳院
- 出典
-
詞花和歌集
- 前の歌
-
老いてこそ春の惜しさはまさりけれ 今いくたびも逢はじと思へば
- 次の歌
-
今日よりはたつ夏衣薄くとも あつしとのみや思ひわたらむ