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五月雨の日をふるままに鈴鹿川
八十瀬の波ぞ声まさるなる

歌の意味
五月雨が降り続いて日数が経つにつれて、鈴鹿川の数多くの瀬の波音が、いっそう高まっていくのが聞こえる。
鑑賞
巻第二 夏歌 65

 降り続く五月雨で水かさを増した鈴鹿川の、多くの瀬を流れる波の音が日ごとに高まっていく様子を、耳でとらえた歌である。
 本歌から第六十八首まで五月雨の歌が続く。本歌が川の「声まさる」と音で増水を詠むのに対し、第六十七首は「水のまさる」と目に見える増水を詠み、同じ主題を聴覚と視覚で扱い分けている。

 初句「五月雨の」は、陰暦五月の長雨をいい、五月雨の歌群の始まりを示す。
 二句「日をふるままに」の「ふる」は、雨が「降る」と日が「経る」の掛詞である。
 三句「鈴鹿川」は伊勢国の歌枕である。「鈴」に対して「ふる(振る)」「声」「なる(鳴る)」が縁語となっている。
 四句「八十瀬の波ぞ」の「八十瀬」は数多くの瀬で、鈴鹿川の多くの瀬を詠む言い方である。係助詞「ぞ」は結句の連体形「なる」と係り結びをなす。
 結句「声まさるなる」の「なる」は伝聞推定で、波音が耳に届いて増水を知る趣である。

ふる:雨が降る意と、日が経る意を掛ける
やそせ:数多くの瀬
すずかがは:伊勢国の川。鈴鹿峠のあたりから流れる
出典
詞花和歌集
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夜もすがらたたく水鶏は天の戸を 開けてのちこそ音せざりけれ
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わぎもこがこやの篠屋の五月雨に いかで干すらむ夏引きの糸