たなばたの待ちつるほどの苦しさも
あかぬ別れといづれまされり
- 歌の意味
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織女が一年待っていた間の苦しさと、名残の尽きない今朝の別れのつらさと、どちらがまさっているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 92
詞書は前の歌に続き「橘俊綱の伏見の山荘にて、七夕後朝の心をよめる」
原文の作者表記は番号外作者であるが、『詞花和歌集』では作者を藤原顕綱とする。前歌と同じく、七夕の翌朝の別れを題とする歌である。
一年間待ち続けた苦しさと、逢ったばかりで別れる名残惜しさとを比べ、どちらがつらいかと問いかける。逢瀬の前と後の二つの苦しみを並べた、理知的な趣向の歌である。
初句「たなばたの」は、織女のという意で、前歌の第九十一首の三句と同じ語を初句に置いている。
二句「待ちつるほどの」は、待っていた間のという意で、一年の長い待機を示す。
三句「苦しさも」は、待つことの苦しさで、四句の別れのつらさと比べられる。
四句「あかぬ別れと」は、名残が尽きない別れとという意で、「と」は比較の対象を並べる。
結句「いづれまされり」は、どちらがまさっているかという問いで、待つ苦しさと別れのつらさという対をなす趣向で結ぶ。
あかぬわかれ:名残が尽きず、満ち足りないままの別れ
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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逢ふ夜とは誰かは知らぬたなばたの 明くる空をも包まざらなむ
- 次の歌
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天の川帰らぬ水をたなばたは うらやましとや今朝は見るらむ