荻の葉にそそや秋風吹きぬなり
こぼれやしぬる露の白玉
- 歌の意味
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荻の葉にそよそよと音がして、秋風が吹いてきたようだ。葉に置いた白玉のような露がこぼれてしまったのではないか。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 108
詞書は前の歌に続き「題しらず」
大江嘉言の歌である。荻の葉がそよそよと鳴る音で秋風の到来を知り、その風で葉の上の露がこぼれたのではないかと思いやる。
音で風を知り、目に見えない露の行方を想像するという、聴覚から視覚へと広がる構成が巧みである。前歌の荻の葉を渡る風を受け、風によって揺れる露にまで目を向けている。
初句「荻の葉に」は、前歌の第百七首の三句と同じ語を初句に置いている。
二句「そそや秋風」は、そよそよと音がして秋風がという意で、「そそや」は葉ずれの音を写した語である。
三句「吹きぬなり」は、吹いてきたようだという意で、「なり」は音によって判断する推定の助動詞である。ここで三句切れとなる。
四句「こぼれやしぬる」は、こぼれてしまったのだろうかという疑問で、「や」を連体形「ぬる」で結ぶ。
結句「露の白玉」は体言止めで、露を白い玉に見立てる。
しらたま:白い玉、真珠、ここでは露の見立て
- 作者
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大江嘉言
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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ひとりゐて眺むる宿の荻の葉に 風こそ渡れ秋の夕暮
- 次の歌
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秋吹くはいかなる色の風なれば 身にしむばかりあはれなるらむ