夕されば何か急がむ紅葉葉の
下照る山は夜も越えなむ
- 歌の意味
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夕方になったからといって、どうして急ぐことがあろうか。紅葉が照り映えて下まで明るい山は、夜でも越えられるだろう。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 132
詞書「寛治元年太皇太后宮の歌合によめる」
大江匡房が寛治元年(1087)の太皇太后宮の歌合で詠んだ歌である。
日が暮れても急ぐ必要はない、紅葉の赤い色が山の下まで照らしているので、夜でも山を越えられるだろうという。紅葉の鮮やかさを、闇をも照らす光として誇張した歌で、明るさの趣向が楽しい。
初句「夕されば」は、夕方になるとという意である。
二句「何か急がむ」は、どうして急ぐだろうか、急ぐ必要はないという反語で、ここで二句切れとなる。
三句「紅葉葉の」は、紅葉した葉のという意である。
四句「下照る山は」は、紅葉の色で下まで照り輝く山はという意である。
結句「夜も越えなむ」は、夜でも越えてしまえるだろうという推量で、紅葉の明るさを誇張して結ぶ。
したてる:木の下や山の下まで照り輝く
もみぢば:紅葉した葉
- 作者
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大江匡房
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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いくらとも見えぬ紅葉の錦かな 誰ふたむらの山と言ひけむ
- 次の歌
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山里は行き来の道の見えぬまで 秋の木の葉に埋もれにけり